統合失調症の症状とは?陽性・陰性・認知機能障害と治療法を解説
「誰もいないはずなのに、悪口が聞こえてくる」 「周りの人から監視されている気がして、外出するのが怖い」 「何をしても楽しくないし、何もやる気が起きない」 「最近、人の話が頭に入ってこないし、物忘れがひどくなった」
ご自身や、あなたの大切なご家族にこのような変化が起きていませんか?
統合失調症は、かつて「精神分裂病」と呼ばれていたこともあり、今もなお多くの誤解や偏見にさらされている病気です。しかし、実際には約100人に1人が発症する決して珍しいものではなく、脳の機能的な不調によって起こる、治療可能な病気です。
この記事では、統合失調症の複雑で多様な症状を「陽性症状」「陰性症状」「認知機能障害」の3つの側面から整理し、その原因や治療法について、専門医の視点から分かりやすく解説します。
この記事を通して、統合失調症への正しい理解を深め、ご本人やご家族が希望を持って回復への一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。
統合失調症とは、どのような病気?
統合失調症とは、考えや感情、行動などをまとめる(統合する)脳のネットワークがうまく機能しなくなり、心や行動に様々な症状が現れる精神疾患です。
私たちの脳は、現実と非現実を区別したり、物事に注意を向けたり、感情を適切に表現したりと、非常に多くの仕事を同時にこなしています。統合失調症は、この「まとめる力」が不調をきたすことで、現実感の喪失、意欲の低下、思考力の問題など、様々な困難が生じる「脳の機能障害」と考えられています。
決して特別な人がなる病気ではなく、発症率は約0.8%〜1%、つまり100人に1人弱がかかるといわれており、誰もが罹患する可能性のある身近な病気なのです。
本人の「性格が弱いから」「怠けているから」といった精神論で片付けられるものではなく、脳のトラブルが原因であることを、まずは正しく理解することが大切です。
統合失調症の3つの主要な症状
統合失調症の症状は、大きく分けて「陽性症状」「陰性症状」「認知機能障害」の3つのカテゴリーに分類されます。これらは時期によって現れ方が異なり、複雑に絡み合ってご本人の生活に影響を与えます。
本来はないものが現れる「陽性症状」
陽性症状とは、健康な時にはなかったものが、新たに出現する症状のことです。非常に目立ちやすく、周囲が病気に気づくきっかけになることが多いです。
幻覚 | 実際には存在しないものを、あたかも実在するかのように感じる感覚の異常です。最も多いのが、自分の悪口や噂、行動を命令する声などが聞こえる「幻聴」です。他にも、実在しないものが見える「幻視」などがあります。ご本人にとっては紛れもない現実であるため、その内容に恐怖や苦痛を感じます。 |
妄想 | 明らかに事実とは異なることを、訂正不可能なほど強く信じ込んでしまう状態です。「誰かに悪意を持って狙われている、攻撃されている」(被害妄想)、「街中の人が自分の噂話をしている」(関係妄想)、「常に監視されている、盗聴されている」(注察妄想)などが代表的です。 |
思考の混乱 (滅裂な思考) |
考えがまとまらず、話に一貫性がなくなります。会話の途中で話が飛んだり、無関係な言葉を脈絡なく発したり(連合弛緩)、質問に対して全く見当違いな答えを返したり(思考途絶)することがあります。 |
本来あるものが失われる「陰性症状」
陰性症状とは、健康な時にはあった意欲や感情の表現といった能力が失われ、社会的な機能が低下する症状です。陽性症状ほど目立ちにくいため、周囲からは「怠けている」「やる気がない」と誤解されやすいのが特徴で、ご本人の苦しさが理解されにくい側面があります。
感情の平板化 (感情鈍麻) |
喜怒哀楽の表現が乏しくなり、表情が硬く、声のトーンも単調になります。周りで楽しいことや悲しいことがあっても、感情が動いていないように見えます。 |
意欲・自発性の低下 (無為) |
何事にも関心や興味が持てなくなり、自発的な行動が著しく減少します。入浴や着替えといった身の回りのことにも無頓着になったり(セルフネグレクト)、一日中部屋に引きこもって過ごしたりします。 |
思考の貧困 | 会話の数が極端に減り、話しかけても「はい」「いいえ」といった短い返事しか返ってこなくなります。会話の内容も乏しく、比喩などの抽象的な表現が理解しにくくなります。 |
生活の困難に直結する「認知機能障害」
認知機能とは、記憶、注意、判断、計画といった、私たちが社会生活を送る上で不可欠な知的な能力のことです。統合失調症では、この認知機能にも障害が現れます。
この障害は、陽性症状や陰性症状が改善した後も残りやすく、社会復帰を目指す上での大きな障壁となることが知られています。
注意・集中力の低下 | 一つの物事に集中し続けることが難しくなります。そのため、本を読んだり、人の話を最後まで聞いたりすることが困難になります。 |
記憶力の問題 (ワーキングメモリの低下) |
新しい情報を一時的に記憶し、それを処理する能力(ワーキングメモリ)が低下します。例えば、会話の途中で相手が何を言っていたか忘れてしまったり、複数の指示を一度に覚えられなかったりします。 |
遂行機能障害 | 目標を立て、計画を練り、段取り良く物事を実行していくことが苦手になります。料理や買い物、仕事の手順など、日常生活の様々な場面で困難が生じます。 |
病気の経過と段階について
統合失調症は、多くの場合、特徴的な経過をたどります。この流れを知ることは、ご本人やご家族が病状を理解し、適切に対応するために役立ちます。
- 前兆期
発症の数ヶ月〜数年前から、不眠、不安感、焦り、集中力の低下、過敏さといった、うつ病や不安障害にも見られるような、はっきりしない症状が現れます。この段階で病気を疑うのは難しいですが、早期のサインとして重要です。 - 急性期
幻覚や妄想、興奮といった陽性症状が激しく現れる時期です。ご本人は強い不安と混乱の中にあり、現実との区別がつかなくなっています。多くの場合、この時期に初めて医療機関を受診します。 - 休息期(消耗期)
急性期の激しい症状が治まると、心身ともにエネルギーが消耗しきった状態になります。意欲の低下や無気力、過眠といった陰性症状が前面に出て、一日中ぼんやりと過ごすことが多くなります。 - 回復期
心身のエネルギーが徐々に回復し、症状が安定してくる時期です。認知機能障害は残りやすいものの、リハビリテーションなどを通じて、少しずつ自信と自分らしい生活を取り戻していく大切な段階です。
統合失調症の原因について
統合失調症の明確な原因はまだ完全には解明されていませんが、一つの原因で発症するのではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
現在最も有力なのが「脆弱性(ぜいじゃくせい)ストレスモデル」です。これは、遺伝的要因などによって生まれつき脳に機能的な「脆弱性(傷つきやすさ)」を抱えている人が、そこに人間関係のトラブルや就職・進学といった環境の変化による「ストレス」が引き金となって、発症に至るという考え方です。
また、脳内の神経伝達物質、特に情報を処理し、意欲や感情に関わるドーパミンなどのバランスが崩れることも、症状の出現に深く関与しているとされています。
回復を目指すための統合失調症の治療法
統合失調症は、早期に治療を開始し、根気強く継続することで、症状をコントロールし、その人らしい生活を送ることが十分に可能な病気です。治療は「薬物療法」と「心理社会的療法」を車の両輪として進めていきます。
薬物療法:症状を安定させるための土台
薬物療法は、統合失調症の治療の基本となります。主に、脳内の神経伝達物質のバランスを整える抗精神病薬が用いられます。 この薬は、特に幻覚や妄想といった陽性症状を鎮め、ご本人の混乱や不安を和らげるのに高い効果を発揮します。
また、症状が安定した後も、再発を予防するために少量を継続して服用することが非常に重要です。 近年は副作用の少ない新しいタイプの薬も開発されており、医師と相談しながら、ご本人に最も合った薬を選択していきます。
心理社会的療法とリハビリテーション
薬で症状の土台を安定させた上で、社会生活を送る上での困難を減らし、再発を防ぐために様々な心理社会的療法を組み合わせて行います。
- 精神療法
家との対話を通じて、ご本人が病気によって体験したことや悩みを整理し、ストレスへの対処法などを一緒に考えていきます。 - 心理教育
ご本人とご家族が、病気の性質や症状、薬の役割、再発のサインなどについて正しく学び、病気との付き合い方を身につけます。これは再発予防に非常に効果的です。 - リハビリテーション
SST(社会生活技能訓練)
ロールプレイングなどを通じて、対人関係や問題解決のスキルを具体的に練習します。
作業療法
手芸やスポーツなどの作業活動を通じて、集中力や作業能力の回復、気分の安定を図ります。
【まとめ】一人で悩まず、早期相談が回復への第一歩です
この記事では、統合失調症の3つの主要な症状(陽性症状・陰性症状・認知機能障害)と、その経過、治療法について解説しました。
統合失調症は、ご本人にとってもご家族にとっても、大きな不安を伴う病気です。しかし、決して「治らない病気」ではありません。適切な治療を早期に開始し、根気強く続けることで、症状とうまく付き合いながら、学び、働き、自分らしい人生を再び歩んでいくことは十分に可能です。
もし、ご自身や大切なご家族に思い当たるサインがあれば、どうか一人で、あるいはご家族だけで抱え込まないでください。専門の医療機関に相談することが、回復への最も確実で、最も大切な第一歩です。
当クリニックでは、統合失調症の相談や治療に対応しております。気になる症状があれば、どうぞお気軽にご相談ください。