注意欠如・多動症(ADHD)

「忘れ物・ミスが多い」はADHDかも?症状と治療法を専門医が解説

「提出した書類に、また単純なミスが見つかった…」 「大事な約束をすっかり忘れていて、相手を怒らせてしまった」 「部屋もカバンの中も、いつもぐちゃぐちゃ。どこから片付ければいいか分からない」

このような経験を繰り返し、「どうして自分はこうなんだろう」「だらしない性格なんだ」と落ち込んだり、ご自身を責めたりしていませんか?

もし、その「うっかり」や「片付けられない」が、いくら気をつけても改善せずに長年続いているのであれば、それはあなたの性格や努力不足の問題ではないかもしれません。ADHD(注意欠如・多動症)という、生まれ持った脳の特性が関係している可能性があります。

この記事では、ADHDの主な症状、特に多くの人が悩む「不注意」について詳しく解説し、具体的な治療法や日常生活でできる対策について、専門医の視点から分かりやすくお伝えします。

ADHD(注意欠如・多動症)とは?

ADHD(注意欠如・多動症)とは、「不注意」「多動性」「衝動性」の3つを主な特徴とする、生まれつきの脳機能の発達の偏り(かたより)です。これは「神経発達症」の一つに分類されます。

ADHDは、決して珍しいものではなく、子どもの数%に認められ、その多くは大人になっても特性が継続するといわれています。重要なのは、ADHDは親のしつけや本人のやる気、愛情不足が原因で起こるものではない、ということです。注意や行動をコントロールする脳の働きが、多くの人とは少し違うタイプ、と理解するのが適切です。

ADHDの3つの主要な症状

ADHDの症状は、大きく分けて「不注意」「多動性」「衝動性」の3つがあります。これらの症状の現れ方や強さは人それぞれですが、ここではそれぞれの特徴を具体例と共に見ていきましょう。

特に多い悩み「不注意」の症状

「不注意」とは、集中力を持続させたり、注意を適切に切り替えたり、物事を順序立てて実行したりすることが苦手な特性です。日常生活や仕事、学業において、様々な困難の原因となります。

  • うっかりミスが多い(ケアレスミス)
    仕事の書類で単純な計算間違いや誤字脱字が多い、メールの宛先を間違えるなど、細部への注意が抜け落ちやすいです。
  • 集中力が続かない
    会議中など、静かにしていなければならない場面で、他のことを考えてしまい内容が頭に入ってきません。自分が興味を持てない作業だと、特に集中を持続させることが困難です。
  • 忘れ物・なくし物が多い
    スマートフォンや鍵、財布、書類など、日常生活で必要なものを頻繁にどこかに置き忘れます。「さっきまで手に持っていたはずなのに…」ということがよく起こります。
  • 人の話を最後まで聞けない
    会話の途中で注意が別のことに逸れてしまい、相手の話の要点を聞き逃してしまいます。そのため、ぼんやりしている、心ここにあらず、といった印象を与えてしまうことがあります。
  • 面倒な作業の先延ばし
    集中力や思考力が必要な作業(例:書類作成、レポート、部屋の片付け)を、締め切りギリギリまで後回しにしがちです。
  • 整理整頓が苦手
    机の上やカバンの中、部屋全体がいつも散らかっています。どこから手をつけていいか分からず、片付けを始めても、他のことに気を取られて中断してしまいます。

落ち着きがない「多動性」の症状

「多動性」とは、その場の状況に合わせて自分の体の動きをコントロールするのが苦手な特性です。

  • じっとしていられない
    会議中や授業中など、静かに座っているのが苦手で、そわそわしたり、貧乏ゆすりをしたり、手元のペンをいじったりと、常に体の一部を動かしています。
  • しゃべりすぎる傾向
    TPOを考えずに一方的にしゃべり続けてしまうことがあります。頭に浮かんだことを、そのまま口に出してしまうことも少なくありません。

考えずに行動してしまう「衝動性」の症状

「衝動性」とは、行動する前に一旦立ち止まって考えるのが苦手で、感情や欲求のコントロールが難しい特性です。

  • 相手の話や行動を遮る
    人が話しているのを最後まで待てずに、自分の意見をかぶせて話してしまったり、質問が終わる前に答えてしまったりします。
  • 順番を待つのが苦手
    お店のレジや交通渋滞など、列に並んで待つことに強い苦痛を感じます。
  • 結果を考えずに行動する
    後先考えずに高価な買い物をしてしまう(衝動買い)、カッとなって思ったままの発言をしてしまい、後で後悔する、といったことがあります。

ADHDのタイプと年齢による症状の変化

ADHDは、3つの症状の現れ方によって、いくつかのタイプに分けられます。また、同じ人でも年齢によって悩みの中心が変わってくることがあります。

あなたはどのタイプ?ADHDの3つの現れ方

不注意優勢型 多動・衝動性は目立たず、不注意の症状が中心に現れるタイプ。女性に比較的多く、おとなしく見えるため、子どもの頃は見過ごされやすい傾向があります。
多動・衝動性優勢型 不注意は目立たず、多動・衝動性の症状が中心に現れるタイプ。
混合型 不注意、多動性、衝動性の3つの症状が、すべて同じくらい強く現れるタイプ。

子どもと大人での現れ方の違い

ADHDの症状は、成長とともに変化します。 子どもの頃は、授業中に立ち歩くなど、外から見て分かりやすい「多動性」が最も目立ちます。しかし、大人になるにつれて、このような露骨な多動性は減少していくことがほとんどです。

その代わり、大人になると、内面的な落ち着きのなさ(頭の中が常に多動で、考えがまとまらない)や、社会的な責任が増すことによる不注意」の困難(仕事でのミス、スケジュール管理の破綻など)が悩みの中心になる傾向があります。

ADHDの原因について

ADHDの原因について、科学的な研究が進んでいます。ここで重要なのは、親の育て方や本人のわがままが直接の原因ではないということです。

現在は、脳の機能的な偏りが原因であるという説が最も有力です。特に、注意や行動のコントロール、計画などを司る「前頭前野(ぜんとうぜんや)」という部分の働きに偏りがあると考えられています。

また、脳内の神経伝達物質であるドーパミンやノルアドレナリンの働きが不足しており、それによって情報伝達がうまくいかなくなっていることも、症状の原因として指摘されています。こうした脳機能の偏りには、遺伝的な要因も関与することが分かっています。

ADHDの「治療」と日常生活での「対策」

ADHDの特性そのものを完全になくすことはできません。治療や支援のゴールは、「特性をなくす」ことではなく、「自分の脳の特性を理解し、工夫することで日常生活での困難を減らす」ことです。

医療機関で行うこと

  • 正確な診断と心理教育
    専門医による問診や心理検査を通じて、ADHDの診断や特性の評価を行います。自分の困りごとがADHDの特性から来ていると客観的に理解する(心理教育)だけで、自分を責める気持ちが和らぎ、対策を立てやすくなります。
  • 環境調整のコンサルテーション
    職場や家庭で過ごしやすくなるための具体的な工夫を、専門家と一緒に考えます。例えば、「刺激の少ない作業環境を整える」「指示は口頭だけでなく、メモやメールでもらう」といった調整です。
  • 薬物療法
    ADHDの治療では、脳内の神経伝達物質の働きを調整する薬が有効な場合があります。不注意や多動・衝動性を緩和する治療薬(コンサータ、ストラテラ、インチュニブなど)を用いることで、集中力が高まったり、落ち着きが出たりして、日常生活や仕事がしやすくなる効果が期待できます。

自分でできる工夫と対策

日常生活での小さな工夫が、困難を大きく軽減してくれます。

  • 不注意対策
    ・見える化・IT活用
    スマートフォンのリマインダーやアラーム、カレンダーアプリを徹底的に活用する。タスク管理ツールを使う。
    ・置き場所を決める
    鍵、財布、スマートフォンなどの置き場所を「玄関のトレーの上」など一つに決める。
    ・シングルタスク
    「ながら作業」を避け、一つの作業に集中する時間を作る。
  • 多動・衝動性対策
    ・体を動かす
    定期的に休憩をとり、ストレッチをするなど、エネルギーを発散させる機会を作る。
    ・一呼吸おく
    衝動的に行動しそうになったら、「本当に今必要か?」などと自問する癖をつける。その場を一旦離れてクールダウンするのも有効です。 

【まとめ】特性を理解し、自分に合った工夫を見つけよう

これまで見てきたように、「忘れ物が多い」「ミスばかりしてしまう」といった悩みは、あなたの性格や努力の問題ではなく、ADHDという脳の特性が原因かもしれません。

大切なのは、ご自身を責めるのをやめ、まずは「自分にはそういう特性があるのだ」と受け入れることです。そして、自分の脳の「取扱説明書」を手に入れるように、特性を正しく理解し、ご自身に合った対策や工夫を見つけていくことが、生きづらさを軽減する鍵となります。

一人で悩まず、専門機関に相談することで、解決の糸口は必ず見つかります。当クリニックでは、ADHD(注意欠如多動症)の相談や治療に対応しております。気になる症状があれば、どうぞお気軽にご相談ください。