「生きづらさ」はASDかも?自閉スペクトラム症の症状と対処法
「昔から、人付き合いがうまくいかない」 「『空気が読めない』『真面目すぎる』と周りから言われることが多い」 「仕事でケアレスミスが多く、段取りよく進めるのが苦手で落ち込んでしまう」
このような悩みを抱え、長年にわたって漠然とした「生きづらさ」を感じていませんか?
もし、その原因が分からずに「自分の努力が足りないからだ」「自分の性格が悪いからだ」とご自身を責め続けているとしたら、少しだけ立ち止まってみてください。その「生きづらさ」は、あなたのせいではなく、ASD(自閉スペクトラム症)という生まれ持った脳の特性が関係しているのかもしれません。
この記事では、ASDとはどのような特性なのか、具体的な症状や大人の「あるある」な悩み、そしてその特性と上手に付き合っていくための対処法について、専門医の視点から分かりやすく解説します。
ASD(自閉スペクトラム症)とは?
ASD(自閉スペクトラム症)とは、「対人関係やコミュニケーションの困難」と「限定された興味やこだわり」を主な特徴とする、生まれつきの脳機能の発達の偏り(かたより)です。
かつての「自閉症」や「アスペルガー症候群」といった診断名は、現在ではASDという一つの診断名に統合されています。これは、特性の現れ方やその強さが、明確に分けられるものではなく、人によって様々で、虹のように多様なグラデーション(=スペクトラム)をなしている、という考え方に基づいています。
重要なのは、ASDは病気というより、その人の一部である「生まれ持った特性」だということです。「心を閉ざしている」わけでは決してなく、脳の情報処理の仕方が、多くの人(定型発達)と少し違うタイプ、と捉えるのが適切です。
ASDの主な症状・特性
ASDの特性は、大きく分けて「対人関係・コミュニケーション」「限定された興味・こだわり」、そして「感覚」の3つの側面から理解することができます。ここでは、特に大人が日常生活や職場で直面する具体的な困りごとを交えながら解説します。
「対人関係・コミュニケーション」の困難
ASDのある方は、相手の気持ちを察したり、その場の空気を読んだりすることが、直感的に行いにくい傾向があります。
- 暗黙のルールや空気を読むのが苦手
会議で「何か意見はありますか?」と聞かれ、本当に正直な意見を述べたら場が凍ってしまった、というように、その場の雰囲気や建前を理解するのが難しいことがあります。
言葉を文字通りに受け取る: 「ちょっと待ってて」と言われ、何時間もその場で待ち続けてしまうなど、曖昧な指示、比喩表現、冗談などを理解するのが苦手です。言葉の裏を読むことが難しく、真に受けてしまいます。 - 相手の気持ちを察するのが難しい
相手の表情や声のトーン、身振り手振りから感情を読み取ることが苦手なため、相手が怒っていたり悲しんでいたりしても気づかず、無神経な発言をしてしまうことがあります。 - 一方的なコミュニケーションになりがち
自分の興味のあることについて、相手の関心を考えずに一方的に話し続けてしまうことがあります。会話のキャッチボールが苦手で、質問で返すといったやり取りがスムーズにいかないこともあります。 - 視線が合わない(合いすぎる)
人と目を合わせることに強い苦痛を感じるため視線を逸らしてしまったり、逆にどこを見ていいか分からず相手を凝視してしまったりします。
「限定された興味・こだわり」と「常同行動」
興味の対象が限定的で、物事のやり方や手順に強いこだわりを持つこともASDの大きな特徴です。
- 限定的で強い興味(過集中)
興味のある分野(例:特定の歴史、アニメ、鉄道など)には、驚異的な知識量と集中力を発揮します。寝食を忘れて没頭することもあり、この特性が仕事などで強みになることも少なくありません。 - 決まった手順やルールへのこだわり
仕事の手順や通勤ルート、物の配置など、自分なりのルールやパターンが決まっており、それを変えることに強い抵抗を感じます。 - 急な変更や想定外の出来事が苦手
「いつもと違う」状況が非常に苦手で、急な予定変更や不測の事態が起こると、頭が真っ白になってパニックに陥ってしまうことがあります。 - 常同行動
落ち着くために、体を揺らす、特定の物を触り続けるといった行動(常同行動)が見られることがあります。
多くの人が悩む「感覚の特性」
ASDのある方の多くは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)のいずれかに、通常の人とは異なる感覚の特性を持っています。
- 感覚過敏
特定の感覚刺激を、他の人よりもずっと強く感じてしまい、それが苦痛になります。
(例)・聴覚過敏:時計の秒針や人の咀嚼音などが耐えられない。 - 視覚過敏
蛍光灯などの光が眩しすぎる。 - 触覚過敏
特定の素材の服がチクチクして着られない。 - 感覚鈍麻
逆に、感覚刺激を感じにくい状態です。痛みや熱さ、寒さなどに気づきにくく、怪我をしても気づかないことがあります。
ASD(自閉スペクトラム症)の方との接し方のポイント
ご家族やパートナー、職場の同僚など、身近な人がASDの特性を持つ(かもしれない)と感じた時、どのように関わればお互いが気持ちよく過ごせるのでしょうか。いくつかのポイントをご紹介します。
基本的な心構え:「なぜ?」を「そういう特性か」に
まず大切なのは、「なぜ、こんな当たり前のことが分からないんだ?」と相手を責めるのではなく、「こういう脳の特性だから、そう感じる・そう行動するのだな」と理解しようとすることです。
悪気があってやっているわけではない、という視点を持つだけで、こちらの気持ちに余裕が生まれます。
コミュニケーションのコツ
- 具体的・肯定的に伝える
「あれやっといて」のような曖昧な指示は避け、「この書類を、今日の15時までに3部コピーしてください」のように、具体的・明確に伝えましょう。「~しないで」という否定形より、「~してください」という肯定形で伝えると、何をすべきか分かりやすくなります。 - 言葉の裏を読ませない
冗談や皮肉、嫌味は通じにくく、言葉通りに受け取って混乱させてしまうことがあります。伝えたいことは、ストレートな言葉で表現するのが基本です。 - 一度に多くの情報を伝えない
長い説明は、途中で混乱しやすくなります。指示は一つずつ出すか、箇条書きのメモやチャットで伝えるなど、視覚的な情報を活用するのが効果的です。
安心できる環境づくり
- 感覚過敏に配慮する
もし本人が光や音に過敏な様子を見せたら、可能であれば照明を調整したり、静かな場所で休憩できるようにしたりといった配慮が助けになります。本人がサングラスやイヤホンを使うことを「失礼だ」と捉えず、必要な自己防衛策として理解しましょう。 - 見通しを立てられるようにする
急な予定変更は強いストレスになります。変更がある場合は、できるだけ早く、理由も添えて伝えることで、本人が心の準備をする時間を作ることができます。
ASD(自閉スペクトラム症)の「治療」と「対処法」
ASDの支援におけるゴールは、「特性をなくして定型発達に近づける」ことではありません。ご自身の脳の特性を正しく理解し、長所は活かし、苦手な部分は工夫することで、「生きづらさを軽減し、自分らしく生きていく」ことを目指します。
医療機関でできること
- 正確な診断と心理教育
専門家による客観的な評価を受けることで、自分の「取扱説明書」を得ることができます。なぜ今までうまくいかなかったのかが分かり、自分を責める気持ちが和らぎます。また、ご自身やご家族がASDについて正しく学ぶことは、対処の第一歩です。 - 環境調整のアドバイス
専門家と一緒に、職場や家庭で過ごしやすくなるための具体的な工夫を考えます。例えば、「職場の上司に、指示は口頭ではなくメモで伝えてもらうようにお願いする」「刺激の少ない席に移動させてもらう」といった相談を行います。 - 薬物療法
ASDの特性そのものを治す薬はありません。しかし、特性から二次的に生じる不眠、強い不安感、気分の落ち込み(うつ状態)、こだわりや衝動性などに対して、症状を和らげる目的で薬が処方されることがあります。
日常生活でできる工夫・セルフケア
- スキルトレーニング
SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)などで、挨拶や報告の仕方、断り方といった、具体的なコミュニケーションのコツを学ぶことができます。 - 感覚過敏への対策
サングラスやノイズキャンセリングイヤホン、自分に合った衣服の選択など、自分を刺激から守る工夫を積極的に取り入れましょう。 - 心身のセルフケア
ASDのある方は、無意識のうちに周りに合わせようとして多大なエネルギーを消耗しています。一人で静かに過ごす時間を確保し、意識的に心と体を休ませることが非常に重要です。 - 得意を活かす環境選び
苦手なことを克服する努力も大切ですが、それ以上に「自分の特性を強みとして活かせる環境」を見つけることが、自己肯定感を高め、充実した人生を送る鍵となります。
まとめ:自分の「取扱説明書」を手に入れるために
これまで解説してきたように、ASDの特性を理解することは、自分だけの「取扱説明書」を手に入れる作業に似ています。
今まで「なぜか分からないけど、うまくいかない」と感じていた生きづらさの正体が、ご自身の性格や努力不足ではなく、脳の「特性」にあると分かること。それだけでも、長年の悩みから解放され、自分を責める気持ちがずっと軽くなるはずです。
一人で悩まず、専門機関に相談することが、自分らしい生き方を見つけるための大切な第一歩です。ご自身のことであっても、ご家族のことであっても構いません。
当クリニックでは、ASD(自閉スペクトラム症)の相談や治療に対応しております。気になる症状があれば、どうぞお気軽にご相談ください。