認知症と軽度認知障害(MCI)の違いとは?症状と治療法を解説
「最近、人の名前がなかなか出てこない…」 「親が、同じことを何度も聞いてくるようになった気がする」 「鍵をどこに置いたか、探すことが増えた」
年齢を重ねるにつれて、こうした「物忘れ」に不安を感じることは誰にでもある自然なことです。しかし、その変化が単なる「年のせい」なのか、それとも治療や対策が必要な「病気のサイン」なのか、ご自身やご家族のこととなると、大きな不安を感じるのではないでしょうか。
この記事では、多くの人が混同しがちな「認知症」と、その前段階である「軽度認知障害(MCI)」の明確な違いから、それぞれの症状、そして認知症の原因となる病気の種類や治療法まで、専門医の視点から分かりやすく解説します。
認知症とMCI(軽度認知障害)の最大の違い
まず結論からお伝えします。認知症とMCI(軽度認知障害)を分ける最大の違いは、「日常生活に支障が出ているかどうか」です。
どちらも記憶力の低下などの症状(認知機能の低下)は見られますが、その程度によって区別されます。
軽度認知障害(MCI) | 認知症 | |
記憶障害 | 本人は物忘れを自覚しており、気にしていることが多い。 | 物忘れの自覚がないことも多く、体験そのものを忘れる。 |
日常生活 | 基本的に自立しており、大きな支障はない。 | 支障が出ており、買い物や服薬管理、金銭管理などに手助けが必要になる |
状態 |
健常な状態と認知症の中間段階。 | 脳の病気により、認知機能が持続的に低下している状態。 |
回復可能性 | 健常な状態に回復する可能性や、維持の可能性がある。 | 進行を遅らせることが治療の主な目標となる。 |
このように、MCIは認知症とは異なる段階であり、この時期に気づいて適切な対応をすることが非常に重要になります。
認知症の”予備群”「軽度認知障害(MCI)」とは?
MCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害)とは、記憶力や注意力などの認知機能に問題は生じているものの、日常生活への影響はほとんどなく、自立して生活できる状態を指します。まさに、健常な状態と認知症との間のグレーゾーンです。
MCIの具体的な症状例
- 同じことを何度も尋ねたり話したりするが、指摘されると「ああ、そうだった」と気づく。
- 物をしまった場所を忘れることがあるが、ヒントがあれば思い出したり、探せば自分で見つけ出したりできる。
- 大事な約束や予定をうっかり忘れることがある。
- 料理や仕事など、複雑な作業に以前より時間がかかったり、ミスが増えたりする。
なぜMCIで気づくことが重要なのか?
MCIの段階で気づくことが極めて重要な理由は、認知症への進行を防いだり、遅らせたりできる可能性があるからです。
ある研究では、MCIと診断された人の一部は1年間で約10%が認知症に移行するとされています。しかしその一方で、約16~41%の方は健常な状態に回復するというデータもあります。
MCIは、いわば認知機能の健康を取り戻すための「最後のチャンス」ともいえる大切な時期なのです。この段階で生活習慣を見直したり、適切な対策を行ったりすることで、その後の人生が大きく変わる可能性があります。
日常生活に支障をきたす「認知症」の一般的な症状
MCIが進行し、脳の機能低下によって社会生活や日常生活に明らかな支障が出ている状態が「認知症」です。認知症の症状は、大きく「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」に分けられます。
中核症状
脳の神経細胞が壊れることによって直接起こる、認知機能の障害です。
- 記憶障害
新しいことを覚えられなくなります。MCIとの違いは、体験そのものを丸ごと忘れてしまう点です(例:「夕食のメニューを忘れる」のではなく、「夕食を食べたこと自体を忘れる」)。 - 見当識障害
今日の日付、現在の時刻、季節、今いる場所などが分からなくなります。進行すると、親しい人の顔も分からなくなることがあります。 - 実行機能障害
計画を立て、段取り良く物事を進めることができなくなります。例えば、料理の手順が分からなくなったり、計画的な買い物ができなくなったりします。 - 失認・失行・失語
物が何であるか認識できない(失認)、道具の使い方が分からなくなる(失行)、言葉がスムーズに出てこない・理解できない(失語)といった症状です。
行動・心理症状(BPSD)
中核症状に、ご本人の性格や元々の不安感、周囲の環境や人間関係などが影響して起こる症状です。暴言や暴力、興奮、抑うつ、不安、幻覚、妄想、徘徊、不眠など、多岐にわたります。これらは、周囲の関わり方や環境調整によって改善する可能性があります。
原因によって症状も違う。認知症の主な種類と特徴
「認知症」は症状の総称であり、原因となる病気によっていくつかの種類に分けられます。対応や治療法も異なるため、種類を特定することは非常に重要です。
アルツハイマー型認知症
認知症の中で最も多く、全体の6割以上を占めます。脳にアミロイドβなどの異常なたんぱく質が蓄積することで神経細胞が壊れ、脳が萎縮していく病気です。物忘れから始まり、ゆっくりと進行するのが特徴です。
血管性認知症
脳梗塞や脳出血といった脳血管障害が原因で起こります。脳のダメージを受けた場所によって症状が異なるため、記憶力は保たれているのに他の機能は低下しているなど、できること・できないことがはっきり分かれる「まだら認知症」が特徴です。感情のコントロールが難しくなり、急に泣き出したり怒り出したりする「感情失禁」が見られることもあります。
レビー小体型認知症
脳に「レビー小体」という特殊なたんぱく質が蓄積することで起こります。実際にはいない人が見える「リアルな幻視」や、手足の震え・筋肉のこわばり・歩行障害といったパーキンソン症状が特徴的です。また、日や時間帯によって症状が良い時と悪い時の変動が激しいことも特徴です。
前頭側頭型認知症
脳の前頭葉と側頭葉が萎縮することで起こります。他の認知症と異なり、初期には物忘れはあまり目立ちません。その代わり、社会のルールを守れなくなったり(万引きなど)、相手の気持ちを考えない行動をとったり、同じ行動を繰り返したりといった、人格の変化や社会性の欠如が特徴です。
「ただの物忘れ」との違いは?ご家族が気づくサイン
加齢による自然な物忘れと、MCI・認知症のサインとの違いに気づくことは、早期対応の第一歩です。
- 食事
「昨日の夕食のメニューを忘れる」のは加齢の範囲内ですが、「夕食を食べたこと自体を忘れる」のは注意が必要なサインです。 - 探し物
「鍵をどこに置いたか忘れる」のは加齢でもありますが、「鍵が何に使う道具か分からなくなる」のは認知症のサインかもしれません。 - その他
これまで好きだった趣味に関心がなくなる、身だしなみに構わなくなる、ささいなことで怒りっぽくなるなど、人柄や生活習慣の変化も重要なサインです。
クリニックで行う検査と診断
「もしかして?」と思ったら、専門医に相談することが大切です。クリニックでは、以下のような検査を組み合わせて総合的に診断します。
- 問診
ご本人と、できれば普段の様子をよく知るご家族から、いつからどのような症状があるのか、生活の様子などを詳しく伺います。 - 神経心理検査
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMMSEなど、簡単な質問形式で記憶力や見当識、計算能力などを評価します。 - 画像検査など
必要に応じて、脳の萎縮の程度を見るCTやMRI、他の病気の可能性を除外するための血液検査などを行います。
MCIと認知症の治療・予防法
MCIの段階でできること(認知症の予防)
MCIの段階では、生活習慣を見直すことで認知症への進行を予防・遅延させることが期待できます。
- 運動習慣
ウォーキングなどの有酸素運動は、脳の血流を良くし、神経を保護する効果が報告されています。 - バランスの取れた食事
野菜や果物、魚などを中心とした食生活を心がけましょう。 - 知的活動と社会参加
読書やパズル、囲碁・将棋といった趣味や、友人との交流、ボランティア活動など、社会とのつながりを保ち、脳に良い刺激を与え続けることが大切です。 - 生活習慣病の管理
高血圧や糖尿病、脂質異常症などは認知症のリスクを高めます。しっかりと治療しましょう。
認知症の治療
認知症と診断された場合、根治は難しいものの、進行を緩やかにし、穏やかな生活を送るための治療を行います。
- 薬物療法
認知症の進行を緩やかにする薬(アリセプト®など)や、BPSD(行動・心理症状)を抑えるための薬を用います。 - 非薬物療法
認知リハビリテーションや、昔のことを語り合う回想法、音楽療法、運動療法など、脳の活性化と精神的な安定を図るための様々なアプローチがあります。
【まとめ】変化に気づいたら、ためらわずに専門医へ相談を
認知症と軽度認知障害(MCI)の最大の違いは「日常生活への支障の有無」です。そして、MCIの段階で変化に気づき、対策を始めることが、その後の人生を大きく左右する可能性があることをご理解いただけたかと思います。
MCIであれば健常な状態に戻る可能性があり、たとえ認知症と診断されても、適切な治療とケアによって、進行を遅らせ、穏やかに自分らしい生活を続けるための方法はたくさんあります。
「年のせいかな?」と一人で、あるいはご家族だけで悩まず、どんな些細な変化でも構いません。まずは専門の医療機関に相談することが、安心への最も確実で、最も大切な第一歩です。
当クリニックでは、認知症、軽度認知障害(MCI)の相談や治療に対応しております。気になる症状があれば、どうぞお気軽にご相談ください。