突然の動悸や息苦しさ…。パニック障害の症状と治療法を専門医が解説
電車の中や人混みで、突然、心臓が激しく鳴り出し、息がうまく吸えなくなる…。静かな自宅でさえ予期せず襲ってくるめまいや吐き気。「このまま死んでしまうのでは」というほどの恐怖に、一人で苦しんでいませんか?
もし心当たりがあるなら、それは「パニック障害」のサインかもしれません。
パニック障害は特別な病気ではなく、誰にでも起こりうるものです。あなたの気のせいや、心が弱いからではありません。正しい知識を持って適切に治療すれば、改善していくことができる病気です。
この記事では、専門医の視点から、その症状の正体、原因、そしてクリニックでの専門的な治療法までを分かりやすく解説します。ご自身の状態を正しく理解し、回復への第一歩を踏み出しましょう。
パニック障害とは?中心となる症状と併発しやすい症状
パニック障害は、突然の激しい恐怖や不快感(パニック発作)を繰り返し、その結果、「また発作が起きたらどうしよう」という強い不安(予期不安)にさいなまれ、日常生活に支障をきたす病気です。
突然心身を襲う「パニック発作」
パニック障害の出発点となるのが、明らかな理由なく突然始まる「パニック発作」です。以下のような症状が津波のように押し寄せ、強い恐怖を伴います。
- 動悸、心拍数の増加
- 息切れ、息苦しさ、窒息感
- 胸の痛みや不快感
- 吐き気、お腹の不快感
- めまい、ふらつき、気が遠くなる感じ
- 体の震え、手足のしびれ
- 自分が自分ではない感覚(離人感)、現実でない感覚(非現実感)
- このまま死んでしまうのではないかという恐怖
症状は10分ほどでピークに達し、やがて治まります。命に別状はありませんが、ご本人にとっては死の恐怖を感じるほど恐ろしい体験です。
「また発作が起きたらどうしよう」という予期不安
一度でも激しい発作を経験すると、「また、あの発作が起きたらどうしよう」という強い不安が生まれます。これが「予期不安」です。予期不安に囚われると、常に体の些細な変化に過敏になり、心身ともに疲弊してしまいます。
パニック障害に伴いやすい「広場恐怖」の症状
現在の診断基準では別の疾患ですが、広場恐怖を併発する方は少なくありません。予期不安から、「いざ発作が起きても、すぐに逃げられない、助けを求められない」と感じる以下のような場所や状況に、強い恐怖を感じるようになります。
- 公共交通機関(電車、バス、飛行機)
- 人混みや行列、美容院、歯医者
- 高速道路の運転中やトンネルの中
こうした状況を避けるようになると、行動範囲が著しく狭まり、社会生活に大きな支障をきたします。
なぜ起こるの?パニック障害の主な原因
パニック障害の症状に悩むと「自分の心が弱いからだ」と責めがちですが、それは誤解です。パニック障害は「気の持ちよう」ではなく、脳の機能をはじめ、様々な要因が絡み合って発症します。
脳機能の誤作動
最も有力な原因は、脳の機能に関わる説です。脳には危険を察知する「警報装置(扁桃体など)」があります。パニック障害では、この警報装置が過敏になり、危険がない状況でも誤作動を起こしてしまいます。これにより、不安や興奮に関わる神経伝達物質(セロトニンなど)のバランスが乱れ、パニック発作が引き起こされるのです。
ストレスや過労
脳の警報装置が誤作動する大きな引き金がストレスです。精神的・身体的ストレスは、神経伝達物質のバランスを崩し、発作を起こしやすい状態にすると考えられます。
遺伝的要因や体質
必ず遺伝するわけではありませんが、血縁者にパニック障害の方がいる場合、体質的に発症しやすい傾向が報告されています。もともと不安を感じやすい気質なども、発症の一因と考えられます。
もしかして?受診の目安と診断の流れ
症状に心当たりがあり、日常生活に影響が出ていれば、専門家へ相談しましょう。
パニック障害のセルフチェック
※注意: これは簡易的な目安であり、自己判断用ではありません。正確な診断は必ず専門医に相談してください。
□ 突然、理由もなく強い恐怖や不安に襲われることがある。
□ 発作中に、動悸、息苦しさ、めまいなど複数の症状が同時に現れる。
□ 「また発作が起きたらどうしよう」と常に心配している(予期不安)。
□ 発作を恐れて、特定の場所や状況(電車、人混みなど)を避けている。
□ 上記の症状で、仕事や日常生活に支障が出ている。
複数当てはまるようであれば、精神科・心療内科への相談をおすすめします。
専門医への相談が重要な理由
パニック発作に似た症状は、心臓や甲状腺の病気で起こることもあります。他の病気でないか確認するためにも、専門医の診断が不可欠です。また、放置すると症状が慢性化したり、うつ病を併発したりするリスクもあるため、早期治療が回復への近道です。
クリニックでの診断の流れ
初めての受診でも心配はいりません。 まず問診で、症状や状況、お悩みなどを詳しくお伺いします。その後、必要に応じて心理検査や、他の病気を調べるための血液検査などを行います。これらの情報をもとに、医師が総合的に診断し、ご本人の状態や希望に合わせて、今後の治療方針を一緒に決めていきます。
専門医が行うパニック障害の治療法
パニック障害は、適切な治療を根気強く続けることで、症状の改善が十分に期待できる病気です。治療の目的は、発作をなくすだけでなく、不安を和らげてあなたらしい生活を取り戻すことです。治療は主に「薬物療法」と「精神療法」を組み合わせて進めます。
治療の基本方針:薬物療法と精神療法の両輪で
パニック障害の治療では、この2つを車の両輪のように並行して進めるのが基本です。薬物療法でつらい症状を鎮めながら、精神療法で不安との付き合い方を学び、再発しにくい状態を目指します。
薬物療法:脳の警報装置を正常化する
パニック障害の治療では、SSRIや抗不安薬が用いられることが多いです。薬剤の効果については次のとおりです。
薬 | 説明 |
SSRI (選択的セロトニン再取り込み阻害薬) |
治療の主役となる抗うつ薬です。脳内のセロトニンの働きを安定させ、警報装置の過敏さを鎮めることで、発作や予期不安を起きにくくします。効果発現に2~4週間かかりますが、安全性が高く、依存性の心配も少ない薬です。副作用は飲み始めに見られることがありますが、次第に慣れていきます。自己判断で中断せず医師に相談しましょう。 |
抗不安薬 (ベンゾジアゼピン系など) |
即効性があり、強い不安や発作が起きた時に頓服として使うと、つらい症状を速やかに和らげます。安心材料になりますが、依存性の点から、主にSSRIの効果が出るまでの補助や緊急用として使われます。 |
精神療法:不安との付き合い方を学ぶ
薬で症状をコントロールしつつ、考え方や行動のパターンを変える練習をします。最も効果が実証されているのが「認知行動療法(CBT)」です。
①心理教育
まず、病気のメカニズムを正しく理解します。「発作が起きても死なない」とわかるだけで、恐怖は大きく軽減します。
②認知再構成法
「動悸がする=発作だ」のような破局的な考え方のクセを、より現実的でしなやかな考え方に変えていく練習をします。
③曝露(ばくろ)療法
専門家のサポートのもと、避けていた場所に不安の少ないものから段階的に挑戦します。「大丈夫だった」という成功体験を重ね、苦手意識を克服します。
治療期間の目安とゴール
治療は焦らずじっくり取り組むことが大切です。個人差はありますが、症状が安定し治療を終えるまでには、少なくとも1年以上の期間を見ておくとよいでしょう。最終ゴールは、薬に頼らずとも不安に対処でき、日常生活に制限なく自由に行動できるようになることです。
治療と並行して。自分でできるセルフケア
専門的な治療に加え、セルフケアを取り入れると、症状の改善と再発防止に効果的です。
生活習慣の見直し | 十分な睡眠、栄養バランスの取れた食事、適度な運動(ウォーキングなど)は、自律神経を整え、心を安定させます。カフェイン、アルコール、ニコチンは発作を誘発しやすいため控えましょう。 |
リラクゼーション法 | 不安な時は「腹式呼吸法」が有効です。「今、この瞬間」に集中するマインドフルネスも、未来への不安から心をそらすのに役立ちます。 |
発作が起きてしまった時の対処法 | ①「これはパニック発作だ」と認識する、②「必ず治まる」と自分に言い聞かせる、③安全な場所で座り、ゆっくり呼吸する、④他のことに注意をそらす、などが有効です。 |
ご家族や周りの方へ:本人の支え方
ご本人にとって、周囲の理解とサポートは回復の大きな力となります。 まず、パニック障害が「本人の気のせいではない病気」だと理解することが大切です。「気のせい」「頑張れば大丈夫」といった言葉は本人を追い詰めるため避けましょう。「つらいんだね」と、まずは気持ちを受け止めてあげてください。
もし目の前で発作が起きたら、周りの方も冷静に「大丈夫だよ」「そばにいるよ」と声をかけ、安心させてあげてください。普段の生活では本人のペースを尊重し、治療への取り組みや小さな挑戦を「頑張っているね」と応援する姿勢が、本人の励みになります。
まとめ
この記事では、その症状がパニック障害のサインである可能性や、原因、そして適切な治療法を解説しました。
パニック障害は、決してあなたのせいではありません。そして、あなたは決して一人ではありません。その苦しみを抱え込み、行動を制限する必要はないのです。
当クリニックでは、パニック障害の相談や治療に対応しております。気になる症状があれば、どうぞお気軽にご相談ください。